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札幌地方裁判所小樽支部 昭和49年(ワ)57号 判決 1975年12月19日

原告

昭和運輸株式会社

被告

弘西運輸こと三上義甫

ほか三名

主文

被告らは原告に対し各自金五一万三〇八八円とこれに対する昭和四七年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用はこれを七分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金七〇万七三六一円とこれに対する昭和四七年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

三  請求の原因

1  事故の発生

原告は次の交通事故(以下本件事故という)によつて物的損害を受けた。

(一)  発生日時 昭和四七年一月一九日午前七時一〇分ころ

(二)  発生地 岩手県二戸郡金田一村大字金田一字駒焼場六三番地の一先国道の府金橋(以下府金橋という)の上

(三)  加害車 大型貨物自動車(青一く三六五一号、以下清野車という)

運転者 被告清野喜代三

(四)  加害車 大型貨物自動車(青一く二八七六号、以下高橋車という)

運転者 被告高橋市郎

(五)  被害車 普通貨物自動車(札一一い七三三号、以下阪野車という)

運転者 原告代表者阪野啓一

(六)  事故の態様 原告の運転者阪野は原告所有の阪野車を運転して府金橋の上を青森方面から盛岡方面に向かい南進していたところ、対向して北進して来た被告清野運転の清野車が阪野車の右前部に衝突し、更に阪野車に追従して南進していた被告高橋運転の高橋車が阪野車の後部に追突した。

(七)  結果 そのため原告所有の阪野車は前後部バンバー、ライト、フロント等に損壊を受けた。

2  責任原因

(一)  被告清野の過失責任

府金橋は幅員五・三〇メートルであり、清野車の車幅は二・三〇メートルであつて、橋の上で対向車とすれ違う余裕のないことが判然としていたから、被告清野は対向車との衝突を避けるため橋の手前で道路左側に停車し、阪野車が通過したのちに橋に乗り入れるべきであつたのに、漫然と進行して清野車を橋の上まで乗り入れた。そのために本件事故が起こつたのであるから、被告清野には前方注視義務、安全運転義務を怠つた過失があつた。

(二)  被告三上義甫の使用者責任

被告三上は被告清野を雇傭していた者であり、被告清野がその業務のため清野車を運転していて本件事故を起こしたのであるから、民法七一五条による損害賠償責任がある。

(三)  被告高橋の過失責任

被告高橋は無免許で運転技術が未熟であつたうえ、車間距離保持義務、前方注視義務を怠つたので、同人には過失があつた。

(四)  被告桜庭俊明の使用者責任

被告桜庭は被告高橋を雇傭していた者であり、被告高橋がその業務のため高橋車を運転していて本件事故を起こしたのであるから、民法七一五条による損害賠償責任がある。

3  損害

原告は本件事故によつて次の損害を受けた。

(一)  修理費 四四万六二九一円

(二)  休業補償 二一万六〇〇〇円

原告は阪野車で経費を控除しても一日六〇〇〇円の純益を得ることができた。ところが、その修理のため阪野車を次の三六日間使用することができず、その間の得べかりし利益を失つた。

(イ) 盛岡日野修理期間 昭和四七年一月二〇日から同年二月一八日までの三〇日間

(ロ) 札幌日野修理期間 同年二月一九日から同年三月三〇日までの間に六日間

(三)  雑費 四万五〇七〇円

(イ) 事故日の運転者、助手の帰社旅費(二人分)

四二八〇円 北福岡、小樽間国鉄運賃

二〇〇円 八戸、青森間急行料金

一六〇〇円 函館、小樽間特急料金

(ロ) 修理車引取日の旅費日当(一人分)

二三九〇円 小樽、盛岡間国鉄運賃

六〇〇円 小樽、盛岡間急行料金

六〇〇〇円 往復二日分日当

(ハ) 連絡電話料 三万円

同年一月一九日から同年二月二〇日まで小樽から青森又は盛岡まで

4  そこで、原告は被告らに対し損害金七〇万七三六一円とこれに対する事故発生の日の昭和四七年一月一九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

四  請求の原因に対する被告三上、被告清野の答弁

1の(一)ないし(五)の事実は認めるが、(六)の事実は争い、(七)の事実は知らない。

2の(一)の事実は争い、(二)のうち被告三上が被告清野を雇傭していた者であり、被告清野がその業務のため清野車を運転していた事実は認めるが、その余の事実は争う。

2の(三)と(四)の事実は知らない。

3の(一)ないし(三)の事実は知らない。

4の主張は争う。

五  請求の原因に対する被告桜庭の答弁

1の(一)ないし(七)の事実は認める。

2の(三)のうち被告高橋が車間距離保持義務、前方注視義務を怠つた事実は否認し、(四)のうち被告桜庭が被告高橋を雇傭していた者であり、被告高橋がその業務のため高橋車を運転していた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3の(一)ないし(三)の事実は知らない。

六  請求の原因に対する被告高橋の答弁

1の(一)ないし(七)の事実は認める。

2の(三)のうち被告高橋が無免許であつた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

3の(一)ないし(三)の事実は知らない。

4の主張は争う。

七  被告三上、被告清野の主張

仮に被告清野に過失があつたとしても、原告の運転者阪野には停車制動について適切な措置を講じなかつた過失があつたうえ、前方注視義務を怠つた過失があつたから、過失相殺を主張する。

八  被告三上、被告清野の主張に対する原告の答弁

阪野に過失があつた事実は否認する。

九  被告桜庭の主張

1  事故発生地の府金橋付近の国道四号線の幅員は八・六〇メートルであるが、府金橋の幅員は六・一〇メートルであり、橋の上の東側端に幅五〇センチメートル、西側端に幅四〇センチメートルの残雪があつて、橋の中央部が低くなつていたうえ、事故当時は寒気が厳しく、橋の上は凍結していた。橋に至る前後はカーブになつており、橋の長さは七四メートルであつた。被告高橋は車幅二・三〇メートルの高橋車を運転して阪野車と約二〇メートルの車間距離を保ち、時速約二〇キロメートルで阪野車に追従し、橋に入つて約五〇メートル進行したとき阪野車が清野車と衝突したので、ブレーキを踏む余裕もなく、清野車に追突した。

2  橋の上で対向車とすれ違う余裕のないことが判然としていたから、被告清野は対向車との衝突を避けるため橋の手前で道路左側に停車し阪野車が通過したのちに橋に乗り入れるべきであつたのに、漫然と進行して清野車を橋の上まで乗り入れ、そのために本件事故が起こつたのであるから、被告清野に全面的な過失があつた。

3  また、原告代表者の阪野にも安全運転義務を怠つた過失があつた。

4  被告桜庭は事故後直ちに訴外日本通運株式会社北福岡支店に手配して阪野車に積載されていた原告の食料品を栃木県那須町の目的地まで輸送してやり、訴外会社北福岡支店からその運賃一四万円を請求されたので、同支店にその内金六万円を支払つた。

そこで、その運賃は荷主であつた原告が支払うべきものであつたから、仮に被告桜庭に損害賠償義務があるとすれば、被告桜庭は右の六万円の債権をもつて対当額について相殺する旨の意思表示をする。

一〇  被告桜庭の主張に対する原告の答弁

1のうち被告高橋が阪野車と約二〇メートルの車間距離を保ち、時速約二〇キロメートルで追従していた事実は否認し、その余の事実は認める。

2の事実は認める。

3の事実は否認する。

4のうち被告桜庭が訴外会社北福岡支店に手配して原告の食料品を栃木県那須町まで輸送した事実は認めるが、被告桜庭がその主張の運賃を支払つた事実は知らないし、その余の事実は否認する。

一一  被告高橋の主張

1  本件事故は原告の運転者阪野と被告清野の過失によつて生じたもので、被告高橋には過失がなかつた。すなわち、

(一)  府金橋は幅員六・一〇メートルで、東側端に幅五〇センチメートル、西側端に幅四〇センチメートルの残雪があり、しかも、路面が凍結していた。清野車は北進し、被告高橋は阪野車に追従して南進していた。被告清野は橋の手前で強い右カーブのため橋上の見通しがかなり困難であつた。衝突地点は阪野車が橋を渡り切ろうとする直前であり、高橋車もすでに半ば以上を渡つていた。清野車の車幅は二・四九メートルで、阪野車の車幅は二・一八メートルであつた。したがつて、被告清野は橋の手前で停車して、阪野車と高橋車の通過を待つべき注意義務があつたのにこれを怠り、清野車を橋に進入させたのであるから、被告清野には重大な過失があつた。

(二)  阪野車は橋のほぼ中央部を進行した。しかし、阪野車が橋の左側を進行していたとすれば、清野車との正面衝突を避けることができ、したがつて、その正面衝突による瞬間的停止又ははじき返りを避けることができて、高橋車の追突も避けることができたと思われる。そうすると、阪野が橋の中央部を進行したことは重大な過失であつた。また、阪野には衝突地点から約二〇メートル手前の地点に至るまでの間に徐行又は停止の体勢を示していなかつた過失があつた。

(三)  本件事故は阪野車と清野車が正面衝突し、阪野車が後方にはじき返されたか瞬間的に停止したため、高橋車がスリツプして阪野車に追突したものであり、その正面衝突がなかつたならば追突もなかつたのであるから、追突の原因はもつぱら阪野車と清野車にあり、被告高橋には過失がなかつた。

(四)  また、信頼の原則からみても被告高橋には過失がなかつた。すなわち、狭い橋の上を大型自動車が二台続いて進行し、しかも、先行していた阪野車が橋の中央部を進行していたうえ橋を渡り切ろうとしていたのであるから、このような場合に阪野車の進路に正面から乗り入れる大型車があるとは到底考えられないことであり、対向車があるとすれば対向車は橋外で停止して待機し、先行する阪野車がそのまま進行し続けると信ずるのは当然である。したがつて、被告高橋が先行する阪野車は少なくとも瞬間的停止をするようなことがなく、そのまま進行を継続するものと信じて、約二〇メートルの車間距離をとつて進行していたことは信頼の原則からみても非難すべきものでない。

2  仮に被告高橋に過失があつたとしても、原告の運転者阪野にも(二)のような過失があつたから、過失相殺を主張する。

一二  被告高橋の主張に対する原告の答弁

1の(一)の事実は認めるが、(二)ないし(四)の事実は否認する。

2の事実は否認する。

一三  証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求の原因1の(一)ないし(七)の事実は原告と被告桜庭俊明、被告高橋市郎との間に争いがない。

請求の原因1の(一)ないし(五)の事実は原告と被告三上義甫、被告清野喜代三との間に争いがなく、〔証拠略〕によると請求の原因1の(六)と(七)の事実を認めることができる。

二  責任原因

(一)  被告三上が被告清野を雇傭していた者であり、被告清野がその業務のため清野車を運転していた事実は原告と被告三上との間に争いがなく、被告桜庭が被告高橋を雇傭していた者であり、被告高橋がその業務のため高橋車を運転していた事実は原告と被告桜庭との間に争いがない。

(二)  〔証拠略〕によると次の事実を認めることができる。すなわち、府金橋は国道四号線にあり、その南方が盛岡方面に向かい、北方が青森方面に向かつている。橋はコンクリート製の直線状のもので、その長さが七四メートル、幅員が六・一〇メートル、左右の欄干の高さが六〇センチメートルであり、路面はアスフアルト舗装されていたが、事故当時には橋の上の東側端に幅約五〇センチメートル、西側端に幅約四〇センチメートルの残雪が固まつてあり、橋の上とその前後の路面は凍結して滑り易い状態になつていた。青森方面から見ると橋全部を見通すのが容易であるが盛岡方面から見るとかなりきつい右カーブになつているため橋全部を見通すのが困難であり、橋全体を見通すのには橋の南端から南方二六・七五メートルの地点にまで接近しなければならない。その橋に向かつて北進していた清野車は車高が二・九五メートル、車幅が二・四九メートル、車長が一〇・六〇メートル、積載量が一一・五トンで、電話局で使用する機械類を積載していた。橋の上を南進していた阪野車は車高が二・三六メートル、車幅が二・一八メートル、車長が七・四八メートル、積載量が四・五トンで、ラーメン味噌などの食料品約二・五トンを積載していた。阪野車に追従して橋の上を南進していた高橋車は車高が二・九メートル、車幅が二・四九メートル、車長が九・三六メートル、積載量が一一トンで、釘約一一トンを積載していた。三台の車両はいずれも全車輪スノータイヤを使用し、チエーンを着装していなかつた。被告清野は清野車を運転してカーブを曲進していたとき、阪野車が橋の中央付近まで対向して来ていたのを認めたうえ、それに追従して高橋車が対向して来たのを認め、橋の上でその対向車とすれ違うのは危険であると思つたので、橋の手前で停車しようと考え、制動の措置を講じたが、橋の手前で停車させることができず、清野車の前部を橋の左側部分に約二・五メートル乗り入れた。原告代表者の阪野は阪野車を運転して橋の中央付近まで進んだとき、橋の南にあるカーブを曲がつて対向して来た清野車を認め、そのまま直進すれば橋の上で清野車と正面衝突する危険があると思つたので、直ちに制動の措置を講じたが、車輪が滑走し、そのため阪野車をやや右寄りに進行させて、清野車に接近させた。そして、清野車と阪野車の双方がもう少しで停車しそうになつたとき、清野車の右前部(右端から左方へ約五〇センチメートルまでの部分)と阪野車の右前部(右端から左方へ約五〇センチメートルまでの部分)が衝突し、双方の車両はその場で停車した。被告高橋は高橋車を運転して橋の上に進み、阪野車との間に約二〇メートルの間隔を保つて追従していたところ、橋の中央を過ぎてから対向して来た清野車が橋の手前約一メートルの地点まで接近していたのを認めたのち、阪野車が制動灯を作動させたのを認め、追突する危険があると思つたので、直ちに制動の措置を講じたが、停車させることができず、清野車と阪野車が衝突した直後に、高橋車の前部(右端から左方へ約二メートルまでの部分)を阪野車の後部に追突させた。阪野は橋の上で高橋車が追従していたことに気付かなかつた。高橋車ももう少しで停車できそうな状態になつていた。このような衝突と追突により阪野車は右前部バンバー、右前照灯、ラジエーター、前面ガラスなどが破損し、後部バンバー、荷枠などがゆがみ、荷台左下方の燃料タンクが後方に約二センチメートルずれて運行不能となり、清野車は右前部フエンダー、右前照灯などが破損し、高橋車は前部に衝突痕が生じたが、清野車と高橋車は運行に支障が生じなかつた。

(三)  そこで、運転者らの過失の有無について判断する。まず、被告清野の運転行為について検討するに、府金橋の幅員(六・一メートル)からみると好条件の場合であつてもその橋の上で大型自動車(車幅二・四九メートル)がすれ違うのにはかなりの技術を要するものと推認することができるところ、事故当時には橋の両側端に残雪が固まつていたうえ、路面が凍結していたのであり、しかも、すでに橋の中央付近まで対向して来ていた阪野車とこれに追従して来た高橋車を認めたのであるから、被告清野はその対向車二台が橋を渡り切るのを待つてその橋に進入すべく、橋の手前で清野車を停車させるべきであつたということができ、被告清野は橋の手前で停車しようと制動の措置を講じたのであるが、清野車の前部を橋に進入させたのであつて、これについては路面の状況に応じた速度を保持していなかつたものと推認することができ、したがつて、被告清野には安全運転義務を怠つた過失があつたといえる。

次に、被告高橋の運転行為について検討するに、被告高橋は橋の上で阪野車との間に約二〇メートルの間隔を保つて追従していたところ、阪野車の制動灯の点灯を認めて自分も制動の措置を講じたが、阪野車と清野車の衝突直後に高橋車を阪野車に追突させたのであつて、阪野車が清野車との衝突によつて停車したことと高橋車がもう少しで停車できそうな状態になつていたことを考慮しても、被告高橋は積載量、路面の状況、速度などに応じた的確な車間距離を保持していなかつたものと推認することができ、したがつて、被告高橋には車間距離保持義務を怠つた過失があつたといえる。この点について被告高橋は阪野車と清野車との衝突がなかつたならば、高橋車と阪野車との追突もなかつたと主張するが、前記認定の事実からそのように判断するのは相当でないし、他にそのような主張事実を認めるにたりる証拠はない。また、被告高橋は信頼の原則からみても過失がなかつたと主張し、その本人尋問において「先行車があと一メートルぐらいで橋を渡り切れるので、渡り切るまで対向車は停車してくれるものと思つた」旨供述しているが、前記認定のように先行していた阪野車はそのような位置になかつたのであるし、被告高橋は対向して来た清野車が橋の手前約一メートルの地点まで接近して来たのを認めたというのであるから、「渡り切るまで対向車は停車してくれると思つた」という供述をそのまま信用することはできず、したがつて、被告高橋のそのような主張は理由がないので採用しない。

そして、原告代表者阪野の運転行為について検討するに、阪野は橋の中央付近まで進んだとき対向してきた清野車を認め、正面衝突の危険を感じたので制動の措置を講じ、阪野車を右寄りに滑走させて清野車に衝突させたのであるが、阪野は代表者尋問において「清野車を発見したとき清野車はカーブを曲がつて橋の南端から南方約一〇メートルの地点にまで接近していた。そののちは阪野車を停車させるのに必死であつた」旨供述しているところ、橋の上から南方を見通すとその南端から二六・七五メートル前方まで見えるのであるから、阪野が清野車を発見したのは少し遅かつたとみることができ、また、〔証拠略〕によると阪野車と清野車が衝突した地点における清野車の前部右端の位置は橋の西側端から東方三・〇五メートルの地点であつて、清野車の東側には橋の東側端との間に約三メートルの走行帯が残されていた事実を認めることができるので、橋の東側端付近にあつた残雪を考慮しても、阪野車が橋の東側部分を直進していれば清野車との衝突を避けることができたのではないかと推測することができ、そうだとすれば、阪野が制動の措置を講じて阪野車を右寄りに滑走させたのはその積載量、路面の状況、速度などに照らして的確な措置ではなかつたものと推認することができ、したがつて、阪野にも安全運転義務を怠つた過失があつたとみるのが相当である。

(四)  そうすると、被告清野と被告高橋はいずれも民法七〇九条により、被告三上と被告桜庭はいずれも民法七一五条によつて原告に生じた損害を賠償する責任がある。

そして、阪野車に対する清野車の衝突と高橋車の追突が時間的、場所的に接着していたことから、被告清野と被告高橋との間には共同不法行為が成立するとみるのが相当であり、したがつて、被告三上と被告桜庭も同じような立場になるから、被告ら四名は共同不法行為者として各自連帯して損害を賠償すべきこととなる。

そこで、被告清野、被告高橋の両名に対する阪野の過失割合を考慮するに、前記のような諸般の事情から二割とみるのが相当である。

三  損害

原告に生じた損害は次のとおりである。

(一)  〔証拠略〕によると原告は損傷を受けた阪野車を訴外岩手日野自動車株式会社に依頼して修理をなし、その費用として四四万六、二九一円を支出した事実を認めることができ、この修理費用はすべて本件事故と相当因果関係があるといえる。

(二)  原告代表者尋問の結果によると原告は阪野車を訟外岩手日野自動車株式会社で修理するのに三〇日間を要し、その間阪野車を使用することができず、一日あたり六、〇〇〇円の得べかりし利益を失つた事実を認めることができる。

原告は訴外札幌日野自動車株式会社で修理した六日間の休業補償を訴求するが、原告代表者尋問の結果によつては原告がその間阪野車を使用しなかつたとの事実を認めることができず、他にその事実を認めるにたりる証拠はない。

そこで、原告主張の休業補償としては一八万円の限度で認容する。

(三)  原告代表者尋問の結果によると原告は事故発生の日に運転手と助手が事故発生地から小樽まで帰るのに要した旅費として六、〇八〇円を支出し、盛岡で修理した阪野車を引取るのに要した旅費日当として八、九九〇円を支出した事実を認めることができる。

原告は連絡電話料として三万円の賠償を訴求するが、原告代表者尋問の結果によつてはその使用目的、使用の必要性、金額が判然としないので、その全部を認容しない。

(四)  そうすると、(一)ないし(三)の損害額は合計六四万一、三六一円となるが、阪野の過失を考慮して、その八割にあたる五一万三、〇八八円を被告らに賠償させるのが相当である。

(五)  被告桜庭が事故後訴外日本通運株式会社北福岡支店に手配して阪野車に積載されていた食料品をその目的地まで輸送した事実は被告桜庭と原告との間に争いがなく、〔証拠略〕によると被告桜庭はその運賃として訴外会社北福岡支店から一四万円の請求を受け、昭和四七年六月二九日に五万円を、同年九月二八日に一万円をそれぞれ支払つた事実を認めることができる。しかし、右の運賃は本件事故によつて原告に生じた損害とみるのが相当であり、したがつて、加害者である被告らが負担すべきものであるから、これを荷主である原告が支払うべきものであるとして相殺を主張する被告桜庭の主張は理由がない。ただ、阪野の過失を考慮すると原告はその二割にあたる二万八、〇〇〇円を負担すべきであるといえるが、被告らは残りの一一万二、〇〇〇円を負担すべきであるから、被告桜庭が原告に対して相殺を主張することができるのはこの一一万二、〇〇〇円を超えて支払つたときに限るというべきである。

四  そうすると、被告らは原告に対し連帯して五一万三、〇八八円とこれに対する事故発生の日の昭和四七年一月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、この金員の支払を求める原告の請求は理由があるが、原告の請求のうちその余の支払を求める部分はいずれも理由がない。

そこで、原告の請求のうち理由のある部分を認容して、理由のない部分を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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